「人は幸運のときは偉大に見えるかも知れないが、
真に向上するのは不運のときである」
シラー(ドイツの詩人)
何もかもうまくいかなくて、失意のどん底に落ち込んでしまったときは、
私たちが成長するための大きなチャンスのようです。
冷静に現実を受け止め、どうしてこんなことになったのかを振り返ってみれば、
自分のこれからの課題や問題点が見えてきます。
状況が苦しければ苦しいほど、それは自分にとってどんな意味があるのかを
考えれば、自分の未熟なところがわかったり、思わぬ気づきを得ることができるかも知れません。
ところが多くの人は、不運に出会うとその現実から目をそらし、
どこか他の所に責任をなすりつけようとします。
こんなふうになったのは誰かのせいだ、あるいは環境が悪いからだと、
外に原因を求めたり、すべては自分がダメだからこうなってしまったんだと、
自分を責めたりするのです。
誰でも自分の嫌なところやマイナスの面は見たくないものです。
誰かが悪い環境がよくないと思えば、今の自分の境遇にも諦観できますし、
自分はどうしようもない人間だと絶望すれば、本当の自分の未熟なところに
気づかないふりができるのです。
そうやって自分の課題、マイナス面を見ないでおけば、それを克服するために
何かにチャレンジしなくてもいいし、自分に変化を起こす必要から
逃げ出すこともできるかも知れません。
そして、
「あいつが悪いから……」
「自分がダメだから……」
という鎧を身にまとって、慣れた自分の安全圏に留まろうとするのです。
でも、いくら自分のマイナス面から目をそらしたところで、
それがいつの間にか消え去るわけではありません。
それどころか、そこから逃げようとすればするほど、そのマイナス面や
自分の嫌なところは、ますます私たちを追いかけてくるのではないでしょうか。
それは、いろいろな不運な出来事や不幸という形をとりながら、何度も何度も
私たちの目の前に現れてくるのかも知れません。
……なぜなら私たちは成長していくために、ここに存在しているからです。
そのためには、気づいて克服しなくてはならない人生の課題が確かにあるようです。
それを知る機会が、失敗や思いがけない事故、私たちが出会う困難な出来事
という形を取って姿を現すようですね。
だとしたら、何も恐れることはありません。
もっと生きることを楽しんでみましょうよ。
うまく行っているときには、充分それを楽しみましょう。
そして、不運な出来事に出会ったとき、何もかもうまくいかないときも、
それを味わってみましょう。
そんなときは、私たちが安全圏から外に出て、さらに大きく向上していくときなのです。
そこで気づく、自分の未熟なところ、嫌なところは、私たちの成長のスペースです。
それはきっと……
もっともっと私たちが大きく成長して、
もっともっと自分のことを好きになるためにあるのでしょうね。
(
癒しの言葉)
by ライフアップ (長年、渋谷エリア検索1位) at 09:55 |
「自立」と「共育」 ♪man |
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